緩和ケア医の日々所感

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ホスピスの起源パラドール サンティアゴ・デ・コンポステーラと聖地を訪れて

サンティアゴ・デ・コンポステーラ

十二使徒の最初の殉教者、聖ヤコブ。弟子が海をさまよいイベリア半島の北西の角に埋葬したのがこの地でした。813年、羊飼いが星に導かれ、聖ヤコブの墓を見つけここに聖堂を立てたことが、この町の起源とされています。

サンティアゴとは、聖ヤコブのこと
コンポステーラは、星の野という意味

ここは、ローマ、エルサレムに並ぶキリスト教大巡礼地の終着地として、今なお多くの人がここを目指し、聖ヤコブの墓はサンティアゴ・デ・コンポステーラ教会にあり、博物館、修道院、大学、市場など旧市街は世界遺産となっています。

2020年にこの地を訪れる計画をし、思慕を馳せていました。
ブログにもこんな記事を書いていました。

aruga.hatenadiary.com


そして、この7月・・・
5年越しの願いが叶いました!!!

サンティアゴ・デ・コンポステーラ教会では1日4回のミサがあり、巡礼の人々の国。名前が読み上げられます。12時は激混みですが、朝9時には待つことなく参加することができました。教会の前のオブラドイロ広場では、ここまで歩いた多くの巡礼者が喜び合ったり、かみしめる様に天を仰いで横たわったりしています。フランス人の道、バスクを横断する北の道、ポルトガルの道、海から入るイギリスの道等々でここにたどり着きますが、その距離は800km位と言われます。徒歩で100km、自転車で200km完遂すれば巡礼証明書が発行されるのだそうです。ビルバオに泊まったとき、フロントの方は150kmを5日間で歩き、証明書をもらったそう。それなら、できるかも・・と思えます。

教会の前の広場。パラドール内部の回廊。宿泊者が入れるエリアと中の廊下。

その広場の脇には、15世紀終わりごろ設立された貧しい病人や巡礼者のための旧サンティアゴ王立病院(王立救護院)の建物があります。当時、飢餓、ペスト、百年戦争の中、食事でもてなし、病気やケガの手当てをするなどしていたそうです。スペイン語ではオスタル(Hostal)、英語では、ホステルという言葉を使われるこの建物は、ホスピスの初期の形をとっていたと思われます。

緩和ケア医の私にとって、政治的な経緯があったとしても、心が引かれ原点にもどったような感覚になります。


この王立病院は、現在は5つ星のパラドールとして宿泊することができます。
他のパラドールと異なり、今も巡礼者先着10名までには無料で食事が提供されています。

正式名称「オスタル・ドス・レイス・カトリコス

通称「パラドール サンティアゴ・デ・コンポステーラ

パラドールの趣きのある客室とモダンなバスルーム。窓からは世界遺産の街並みが眺められます。
地下のレストランは元馬屋だったそう。アペタイザーのホタテ、クロケット、茄子とまぐろのタルタル。朝食のハムとチーズは沢山の種類から。ホットミールは卵料理などをオーダーします。

中世の面影に過去のホスピスの空気を感じつつ、願いがかなったことをかみしめた夏でした。